カップラーメン
僕の部屋にはお嬢様が住んでいる。
僕はしがない一般市民。そして彼女はどう考えても僕とは関わりのない世界の女の子。
でも彼女は僕の部屋に住んでいる。
どうしてそうなったのかはこの際どうでもいいことなので割愛。
重要なことは、彼女がここに住んでいるということ。
そして今、彼女が始めてみるカップラーメンを興味深げに観察しているということ。
「……そんなに珍しい?」
「はい。とっても」
しげしげと、それでいてきらきらと、まるで異界の生物を目の当たりにした子供のように彼女はカップラーメンを見つめる。
「話には聞いたことがありますけれど、本当にお湯を注ぐのですね」
「世の中にはそのまま食べる人もいるみたいだけどね」
「まあ」
まあ、だって。
そんな驚き方をする子なんて初めて見たよ。
「それにこれを見るのも初めてです」
「これって……ああ、割り箸ね」
「はい。一枚の厚みのある板を割って即席の箸として使うだなんて、素晴らしい発想です」
「確かに便利だけどさ。……見るのが初めてってことは、使ったこともないんだよね?」
「はい、お婆様から象牙の箸以外は使うなと」
わあ別次元。
「ですから木の箸を使うのも初めてです。お父様は黒檀の箸を好んで使うのですけれど」
「うん、まあ、僕には一生縁のない箸だということは解ったよ」
そもそも黒檀ってなんだ。黒板の進化系か。
「それでは旦那様、この箸を割ってもよろしいですか?」
「え? ああ、うん」
というか僕の許可を取る必要なんてないんだけれど。
でもそう言うと彼女が困った顔になるので、何も言わない。
そして彼女は割り箸の端を(箸の端だって。変なの)を指先で掴むと、えい、と掛け声をかけて左右に引いた。
ぱきん、と割り箸が割れた。
しかし完全に真っ二つにはならず、上の方が割れ損なっていた。
「…………」
あ、しょんぼりしてる。可愛い。
「……僕のも割ってみる?」
「よ、よろしいのですか!?」
予想以上の食いつきだ。
「いいよ。やってごらん」
「ありがとうございます。必ずや旦那様の箸を見事に割ってみせます!」
無駄に気合十分だった。
そして彼女は僕の割り箸を手に取って、いささか慎重に、それでいて大胆に割った。
ぱきん、と音がして今度はきれいに割れた。
彼女はとても満足げな微笑みを浮かべて僕を見た。
超可愛い。
「うん、上手に割れたね」
「はい。旦那様のおかげです」
別に僕は何もしていないんだけれど、彼女的には僕が何かをしたおかげらしい。
あまりにも可愛かったので、僕は彼女の頭を撫でた。
すると彼女は少しきょとんとしてから、嬉しそうはにかんだ。
それがあんまりにも可愛くて、僕はさらにわしゃわしゃと撫でた。
彼女の方もくすぐったそうに笑顔を浮かべる。
それがとてつもなく可愛くて、やべえ、ループ入った。
「とりあえず、食べよう」
「はい、解りました」
ループを断ち切って、カップラーメンを食べる。
少し味付けが濃い。まあどのカップラーメンもこんなものだけど。
僕は冷蔵庫に入れておいた缶ジュースを二つ持ってきて、一つを彼女の前に置いた。
「……旦那様、これはなんでしょう?」
「うん? オレンジジュースだよ」
「それは解るのですが、どうやって飲むのでしょう?」
どうやら彼女はプルトップの開け方を知らないらしい。缶ジュースを裏返したり横にしたりころころしたりしながら、首を傾げている。
「この部分に爪をひっかけて、こう引くんだよ」
「あ、なるほど……」
彼女は僕と同じようにプルトップに指をかける。
だが、なかなか上手く開けないようだ。
「うぅ……」
どうやら爪が剥がれそうで怖いみたいだ。うん、気持はとてもよく解る。
彼女は助けを求めるようにしてと僕を見た。
でも困ってる彼女も可愛いので、しばらく見てる。
すると彼女はついに泣きそうになってきた。さすがにこれ以上見ていると僕の罪悪感がオーバーヒートするので、僕は彼女の手に重ねるように彼女の缶ジュースを持つと、軽くプルトップを引いてふたを開けた。
「ほら、こんな風に開けるんだよ」
「あ……はい、ありがとうございます、旦那様」
彼女は自分の手に重なる僕の手を見ながら、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
それから僕らはラーメンを食べた。
ラーメンはいつの間にか伸びてしまっていた。
でも、彼女は美味しいと笑ってくれた。だから僕も、美味しく食べることができた。
とりあえず、明日も缶ジュースを買ってこようと思う僕だった。