デン子ちゃん
デン子は正義の味方である。
具体的にどう正義なのかはさて置いて、ともかく彼女は正義の味方である。
西に悪行あらば即座に駆けつけ、東に仁義無き闘争の気配を感じれば瞬く間に割ってはいる。そしてそれらを物理的な説得によって解決する彼女の姿は、まさしく正義の味方に他ならない。
そんな彼女は今日もまた、愛用の電気鋸を携えて悪を打倒するのである。
「というわけで悪人居ない?」
「居ねえよ」
開口一番、にこやかな彼女に俺は言い放った。
「何で居ないのよ」
「そりゃ居ないからだろ……ていうか、なんだその悪人って」
「悪人は悪人よ。つまり私の対極」
「お前の対極つーと聖人君子になるんだが」
「ああ、うん。じゃあそいつが悪人」
「あくまで自分は正義と言い張るんだな!」
「あ、今のもしかして悪とあくまでってかけた? かけた? やっだー、クオリティ低い」
「…………」
「うそうそ、冗談よ。で、だから悪人。四の五の言わず出せ」
「だから居ないっつってんだろ! それにいいか? 悪人ってのはそんな一言で言い表せるものじゃないんだ。悪の形にも色々あって」
「あ、そういう面倒なのはいらない」
「うわあぶっちゃけやがったこいつ」
そこで彼女はため息。
「近頃さー、どうにも獲物になりそうな悪と出会わなくてねー。おかげで人を切れなくて暇なわけなのよ」
「どこをどう抜き出しても正義の台詞じゃねえな……」
「うちのデンノコも血を吸わせろって煩くて。ほら」
「ほら、じゃねえ。微妙に錆びついたチェーンソーを近づけるな。まるで血糊みたいだぞ」
「まるでじゃなくてまんまだけど」
「今のは聞かなかったことにしてやるから、後できちんと磨いておけよ……!」
面倒くさいなあ、と唇を尖らせるデン子に俺はため息。
「というか何だって悪人を成敗なんてしてるんだお前は。別に誰かから給料もらってるわけじゃないんだろ?」
「もらってるよ?」
「雇用されてんのかよ!」
「ボーナスあり」
「世も末だな!」
「そのための正義の味方よ」
「雇われの正義ほど頼れないもんはねえ!」
そこでデン子は頭を振った。
「正義に優劣なんてない。正義を尊ぶ心があれば、誰もが正義の味方になれるものなんだよ」
「恐ろしいほど説得力が無いな……」
「ま、悪人よりマシよ」
「悪人より酷かったら目も当てられないだろ」
「太陽のように輝いてるってことね」
「ヘドロのように正視に堪えないってことだよ!」
「俗に言う五十歩百歩!」
「違う、月とすっぽんだ!」
「日本語って難しいわ」
「俺とお前は同じ教育を受けたはずなんだけどな……」
呻く俺を無視して、デン子は大きく背筋を伸ばす。
「あーあ、どうしよう。このままじゃ今月のノルマこなせそうにないわ」
「本当にサラリーマンみたいだな……」
「同僚にも馬鹿にされちゃうかも」
「いるのか、同僚」
「うん。レッドとかグリーンとかピンクとかブラックとか、まあ色々」
「戦隊物かよ……ちなみにお前の色は?」
「ヴァイオレット」
「普通にイエローとか予想してたんだけどな!」
電気的な符合で!
「出来ればロマンスグレーが良かったんだけど」
「ロマンスグレーは色じゃない、生き様だ……」
「まあヴァイオレットって暴力的な響きは気に入ってるけどね」
「スミレ色って言い直すと途端に柔らかく感じるけどな」
言語の不可思議である。
「ところで今ふと思いついたんだけどさ」
「あん?」
「悪人がいないなら悪人を作れば良いと思うのよ」
「その発想は正義として最悪に間違ってる気がするんだが」
「というわけで、はい」
「……俺にチェーンソーを渡してどうしろと?」
「適当に暴れてきて」
「やんねーよ!」
「大丈夫大丈夫、紙一重のところで颯爽と私がぶっ飛ばすから」
「発想の時点で紙を二十重ぐらいぶち抜いてるがな!」
「毒を食わばら皿までって言うじゃない」
「それは毒を食わせる側が言っていい台詞じゃない! ついでに食わばらじゃなくて食らわばだ!」
「いやん、乙女の失敗は気付かずやり過ごすのが紳士ってものよ」
「チェーンソーを向けていやんとか言うな!」
「うっふん」
「言葉を変えろってんじゃねえ! チェーンソーをこっちに向けるなって言ってんだ!」
怒鳴り散らすと、デン子はやれやれと肩を竦めた。
「んもう、そんなにカリカリしちゃって。何かストレスでも抱えてるの?」
「ああ、それを越えて殺意っぽいのが芽生えかけてるけどな……」
「俗に言う恋の予兆ね」
「それはねーよ」
「俗に言うツンデレね」
「それもねーよ!」
「もう、シャイなんだから。可愛い」
「お前絶対俺に喧嘩売ってるだろ!」
「うふ、バレちゃった」
「はっはー、こーいつめー! ちょっとチェーンソー貸せぶった切ってやる!」
「捕まえてごらんなさーい」
そのまましばらく、七転八倒。
やがてお互いに落ち着いてから、一息。
「まあ、そういうわけよ」
「そういうわけか」
「で、悪人居ない?」
「結局そこに戻るんかい!」
デンノコマスター・ジャスティスデン子。
彼女の正義の日々は、まだまだ続く。